ゆっくりと、楽しみながら、妥当な「自由で幸福な社会」へのヴィジョンを探るブログ
2013.11.07
唐突だが、このシリーズ “安価に「図書館」を作る方法”では、本当に比較的安価に図書館を作り、疲弊した地方経済・文化・社会状況の現状を少しでも上向きに修正していく手段を探っていくエントリーを放っていく。
それは、10人だろうが100人だろうが「実際にその恩恵により経済、もしくは文化、もしくは日常生活、もしくはその複合で『一歩前へと踏み出す』人」 — それも生身の人間 — を助ける/産み出すことを目的とし、単なる「箱もの」の「箱」を作ることを目的としない。
やるからには持続可能性こそがもっとも大事であり、「とある資産家が向こう3年を目途に5000万を遣い、破綻したらしたで5000万の損失内で諦めて閉める」みたいな計画では話にならない。
最終的にそれが、誰からどう見ても「図書館」と言えるものになるかどうかはここでは問わない。
非常にミクロで、しかしながらアクチュアルに「経済・文化・社会状況」に良い方向の影響を与えられるのであれば、それは「図書館」としての意義を持つ。
逆に言えば、どんなにオシャレでゴージャスで集客力があって、何なら「収益」さえあげられるものであろうと、「経済・文化・社会状況」に何の好影響ももたらさないのであれば、それは単なる「箱もの」か、ただの繁盛した「商業施設」であり、どっちかと言えばビジネス本の三流著述家向けの領域のものであり、「図書館」を謳うまでもない(そう、もちろん武雄市図書館のことを念頭に言っている。多賀城市(宮城県)、周南市(山口県)も同様)。


「行政」や自治体というのは常に「ワタシタチは住民のみなさんのためにやるべきこと、やれと言われていること、やるべきとされていることをこれこれこうこうちゃんとやってますよ?」という申し訳/アリバイを手に入れるのに躍起であり、それを示す状況証拠がありさえすれば満足し、実際にアクチュアルな効果があがったかどうかは頓着しない。
だからこそ武雄市図書館のように、「話題」になるだけなって5年後10年後にどういう結果がもたらされるかは頓着しない、という態度が他の自治体にも無批判に歓迎されているのだ — 「少なくともワタシタチは何かをやりましたよ?何もやらなかったわけじゃないですよ?」という言い訳が成り立ちさえすればいいのだから。
自治体の行政行為としてこれほど楽でこれほど簡単なことはない。
どうせカネを出すのは住民だし、無駄・失敗になったってカネの遣い途に口を出さなかった住民の自己責任なのだから。


図書館というのは作ろうと思えば誰にでも(個人、個人事業主、零細法人、NPO。営利/非営利問わず)作れるものなのだから、自治体の保有/運営する公共図書館が「白紙委任状」をいいことに勝手に大手民間営利企業に売り渡されるくらいなら、そしてそれを住民自身が指をくわえて見ているしかないのなら、むしろ住民ひとりひとりは自分の好きな「図書館」にひとりひとり勝手に自分の損得勘定アリアリでカネを自発的に完全な同意の許に出すほうがいいに決まってる。
武雄市図書館のごとき「本来は税金でみんなのために運営されているにもかかわらず、ある特定の住民層を優遇しその他の住民層には配慮しない」公共図書館は、近い将来あらゆる種類のあらゆる民設民営図書館によって駆逐されるだろう。
それは50年後100年後にはあたりまえの光景になっているだろうが、私はリバタリアニスティック社会の少しでも早い自然な到来を待望する者であるので、それを20年後30年後にまで引き寄せたい。
極端な話、「目新しいことは何もしないが必要最低限にして必要十分な、それゆえ特に大きな予算を必要としないフツーの公共図書館」と「失敗すれば自業自得で潰れるだけの、それゆえにヴィジョンや需要や最適化された運営が必要な、各々に個性のある民設民営図書館」が並立し共存すればいいのだ。
多賀城市や周南市のような他力本願・投げっぱなしの「施策」を考えている自治体があったら、そこはむしろ「図書館を作りたがっている」「図書館を作ることを考えなくはない」個人やグループや企業を、間接的に(カネを出すことなく)扶けること・奨励することを考えるべきなのだ。


(長くなったが、長くすること — あれこれくだくだと全要素・全局面を語ることを良しとするこのシリーズなので気にすることはない。以下、話変わって)


このシリーズで念頭に置いているのは、たとえば東京都あきる野市にある『少女漫画館(女ま館)』のようなものだ。
個人運営かつ非営利で、いわば「趣味の延長線上」と「文化的使命感」によって細々と「開館」していると言えるのだが、そのもたらす「文化」的価値 — 知の集積場、濃密なマス/パーソナル・コミュニケーション、 知の分かち合いをベースとする人と人との交流 — には計り知れないものがあろう。
武雄市図書館の価値が所詮「ディズニーランドに行ける余裕のある人が "ディズニーランドに行ったら楽しかった" と言っていた」という程度のものでしかないのに比べれば、この『女ま館』の価値は全国民・全住民が求め手助けし参画し新設を奨励・推進・考慮するのに十分なユニヴァーサルなレヴェルにある。

参照)
少女まんが館|JOMAKAN || Shoujo manga kan

入館・閲覧:無料
「 質問007:入館料、閲覧料はどうなっているのですか。
  無料です。 」
少女まんが館|Q&A

良い取材記事
ART AND MORE 『名店手帖 vol.04 「少女まんが館」』
「 現在約5万冊の少女まんががこの図書館に収められています。でも始まったときは500冊からスタートしました。我々自身と一緒に始めようと集まった仲間10人ぐらいが少女まんがを持ち寄り、隣の日の出町の借家に本を集めました。1997年3月のことです。そこからすぐ取材が入り、少女まんが館のことはすぐ広まり、全国からどんどん本が集まってきましたね。」


「少女漫画なんて国民/住民のごくごく一部にしか興味・関心・価値のないものじゃないかっーーー!!!!!」と脊髄反射をするのはやめていただきたい。
もちろん少女漫画専門図書館のみならず、SF小説専門図書館・アート関連書専門図書館・映画関連書専門図書館・児童書/育児書専門図書館...などなど、などなど、などなどがあらゆる形態あらゆる規模でありさえすればいいのだ。
あなたはあなたで、「〇〇専門図書館」の〇〇を自分の関心に基づいて勝手に考えればいいのである。



初回ではりきりすぎたので、スローガン・コンセプト・具体論がバランス悪くごっちゃになった。
次回以降、どこかに絞って小出しに地道に続けよう。









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第一にリバタリアン。
次に、順不同でリベラリスト、コミュニタリアン。
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